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就職・転職活動

IBMに入社。後で知らされた就活の危ない橋

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学校推薦

就職活動。 私の頃はバブルが完全にはじけて、超氷河期といわれたほど競争が激しく大学卒業生の内定率が60%程度だった。 そんな過酷な状況でも私がいた学科はいくつかの企業に数枠ずつ「学校推薦」というものがあり、これを勝ち取れば簡単な試験で内定がもらえていた。 ということで人気企業は学内での倍率が高く、それでも何とかIBMの学校推薦を勝ち取った。 ただ、この学校推薦を使うと他の企業を受験することは禁止されており、また内定をもらえたらそれを断ることもできないというリスクもあった。 つまり、学校推薦とは一発勝負だった。

まさかの不合格

それまでIBMでも落ちた学生はいなかった。ただ、前年に希望の部門に行けない事が事前にわかったため辞退した人がいた。 「まぁ、ちゃんと準備をしておけば大丈夫だろう」と一般受験をして落ちた知人から試験内容を聞いていたが、いちおう筆記試験の勉強はしておいた。 私の年は私含めて3人受けたのだが、一次の筆記で1人落ち、二次の集団面接で1人落ちた。 残されたのは私一人。これはやばいと思ったので、その後の対策はかなり入念にやった。 三次の研究発表&面接は友達に見てもらい何度も資料を修正し、リハーサルもかなりやった。 四次のグループワークもグループ内での仕切り方から、担当の決め方、時間管理などをどう進めていくかを事前にシミュレーションし、試験前からグループ内での主導権を握ってメンバーを率いた。 その結果、無事内定をもらえた。

存在しなかった「学校推薦」

就職した翌年、2つ下の後輩がIBMを受けたいと連絡をしてきた。 私のころにあった学校推薦がもうこの年から無くなったらしく、詳細を人事に聞きたいということだったので、私の時に担当だった人事社員に確認をとった。 すると、 「あなたの時もその前も貴校には学校推薦はありませんでしたよ」 との回答が返ってきた。そのメールを読んだとき、私は一瞬理解できなかった。 つまり、大学側が言っていた「学校推薦」とはあくまでも推薦状を出してあげる事であって、IBMとしては入社枠を用意しているわけではなかった。 他の入社希望者と同じように4回も試験があったので、「なんで学校推薦なのに4回も試験を受けないといけないんだろう?」と思っていたのだが、その理由がこの時に初めてわかった。 ということで、私の就活は1社しか受けていなくて、その1社に見事合格できたのでした。 今考えるととてもじゃないけど恐ろしい体験だった。 ]]>

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就活、なりたい職業はいつ決めるの?

カットカット

なりたい職業すら決まっていない

今は2013年11月。私が吉祥寺のある美容院で髪を切るようになって4年以上経つ。東京から離れて1年以上経つが、それでも出張など東京へ来る機会に合わせて、髪を切るときはできるだけここで切るように決めている。 この店のお客は20代~40代の女性が多く、この日もとなりに座ったのは女子大生だった。どうやら就職活動のために髪を黒く染めるらしく、スタイリストと就活について話していたのが聞こえてきたのだが、11月になるというのに希望職種がまだ決まっていないらしい。 正直びっくりした。 数年前はそういう学生が多いというのがニュースでもやっていたのでびっくりしたけど、最近は就職活動が活発化してきたり、インターンなどを行う企業も多くなったので、減ってきたのかと思った。 しかし、ぜんぜん考えていない大学生もまだまだいるのかとまたビックリした。 この時期になっても決まっていないのに、あと数ヶ月で決まるのだろうか? そこから活動していく中で内定が取れるのだろうか? 就職先が決まったとしてもその会社に本当に満足できるのだろうか? などと赤の他人なのに気になってしまった。

理解されなかった職業

私は小学生の頃に「コンピュータを使った仕事に就きたい」と考えていた。 コンピュータを作ることではなく、使う仕事がしたかった。具体的にどのようなことをするのかはイメージできていなかったけれども、自分が大人になる頃にはコンピュータを使える人が重宝されるのかな?と何となく思っていた。 今の社会人の多くはコンピュータを使って仕事をしているので不思議に思うかもしれないが、80年代はパソコンなんて一家に1台どころか、学校に1台あるかどうかという程度。お金持ちでもパソコンを持つことなんて考えていなかった。もっている家庭は親がパソコンオタクというケースがほとんどだった。 そんな状況だから当時はコンピュータを使った仕事なんて認知されておらず、システムエンジニアですらあまり知られていない職種だった。 そのためか、「コンピュータを作りたいの?」とよく間違えられた。大学受験の時にも予備校の先生が「将来就きたい仕事があったらどこの学部が適しているか教えてあげるから質問しに来なさい」と自信満々に言うので質問しに行ったら、「君はコンピュータを作りたいのかい?」と聞かれた。 そうではなくあくまでもコンピュータを使わなければできない仕事がしたかったのだけど、理解されなかったのでその先生との会話はあっさり終えた。

将来の目標が大学選びのベースなはず

その予備校の先生からは自分が知っている以上のことは得られなかったが、工学部の情報学科がコンピュータについて教えていることが多いということを知り、夏休みにはいくつかの大学のオープンキャンパスも見学した。 ただ、どの大学もまだ新設したばかりだったり、これから新設するという大学ばかりで、研究室すらないところもあった。 ただ、なんとなくコンピュータを使って何かをするのだろう、ということはわかったのは収穫だった。 そして大学受験は情報系の学科がある学部しか受けなかった。 結局、一浪して第二志望の国立大へ入学する事になった。 コンピュータを毎日触ってプログラミングやデータの解析などをしていた。Windows95もまだ無く、Yahoo! Japanも無かった時代だったので、インターネットと言っても誰かがURLを知らなければひたすらリンクを辿り、面白いサイトがあればそれをメモして置かなければいけないような環境だった。 回線も電話回線が当たり前で、電話かけ放題になる23時頃から回線をつなごうとしてもなかなか繋がらない事がしょっちゅうあった。(なので、22:50くらいから繋ぎ始めるようにした) サーバー運営をしていたホリエモンや強引にECサイトを始めた三木谷氏が数年後に世間を賑わせたり、20年後に幼稚園児がiPadで遊ぶような世界が来るとは当時は想像もしていなかったが、「将来はコンピュータが来る」と漠然と思っていた小学生の自分は誉めてあげたい。]]>